世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 34 ゾンビ製造所

サイレント・レジスタンス 34 ゾンビ製造所

第34話 ゾンビ製造所

 僕と平石は、立山の後ろを黙って歩いていた。

 立山は相変わらず喋り続けている。

 この男は昔からこうなのだ。相手が聞いていようが、いまいが、お構いなしだ。

 僕は適当に相槌を打っていた。

 平石に至っては、そもそも聞こえていない。

 それでも立山は喋り続けている。

 ある意味、たいした男だ。

 長い通路を歩いていると、立山が突然足を止めた。

「おっ」

 何かを見つけたらしい。

「これは珍しいな。俺も久しぶりに見るよ」

 立山が顎で通路の右側を示した。

「見てみろよ」

 そこには広々とした空間があった。

 僕と平石は足を止めた。

 制服姿の警察官と自衛官が、入り交じって整列している。

 ざっと百人。

 全員が前を向き、ほとんど身動きひとつしない。

 異様な光景だった。

「もうちょっと前へ行けよ。よく見えるから」

 立山が僕たちの背中を押した。

「でも、あんまり深呼吸するなよ」

「え?」

「ゾンビになるぞ」

 僕は立山を見た。

 こいつ、今、何と言った?

 立山は冗談を言ったような顔をしていない。

 僕は平石に手話した。

〈ゾンビになるから、息を吸うなって〉

 平石は露骨に嫌そうな顔をした。

 僕だって嫌だ。

 その時、アナウンスが流れた。

 僕にはほとんど聞き取れなかったが、平石がスマートフォンを取り出し、音声文字変換の画面をこちらへ向けた。

『参列者の皆さん、ゆっくりと前へ進んでください』

 隊列の先頭が動き出した。

 数十人が区切られたスペースへ入っていく。

 最後の一人が入ったところで、天井から透明な仕切りが降りてきた。

 完全に密閉された。

「始まるぞ」

 立山が言った。

 天井の数か所から、白い霧のようなものが噴き出した。

「あれが例のウイルスらしい」

「ウイルス?」

「俺たちはゾンビ化ウイルスって呼んでるけどな。本当の名前は知らん」

 僕は慌てて平石に伝えた。

〈あの白いの、ウイルスらしい〉

〈本当か?〉

〈立山がそう言ってる〉

 平石は一歩後ずさった。

 僕も一歩下がった。

 透明な壁の向こうで、屈強な男たちが白い霧に包まれていく。

 古いコメディ映画のガス室みたいだ。

 しかし、笑える光景ではなかった。

 やがて一人が膝をついた。

 続いて、もう一人。

 次々と男たちが倒れていく。

 最後には全員が床に重なり合い、動かなくなった。

 僕は立山を見た。

「死んだんですか?」

「さあ?」

 さあ、じゃないだろ。

 数秒が過ぎた。

 十秒。

 床に倒れていた一人の腕が動いた。

 男はゆっくりと上体を起こした。

 続いて、別の男も起き上がる。

 一人、また一人。

 全員が何事もなかったように立ち上がっていく。

 ただし、入ってきた時とは明らかに違っていた。

 顔色が悪い。

 元から良くなかった顔色が、さらに青白くなっている。

 目にも生気がなかった。

『お疲れさまでした。お帰りの際はお気をつけください』

 場違いなほど丁寧なアナウンスが流れた。

 透明な仕切りが上がる。

 男たちは整然と歩き始め、奥の暗い通路へと消えていった。

 僕は言葉を失った。

 これまで街で見てきた警官や自衛官。

 血色の悪い顔。

 落ちくぼんだ目。

 人間の声に反応し、市民に襲いかかっていた連中。

 あいつらは、ここから出てきたのか。

 隣を見ると、立山が透明な壁に近づいていた。

 おい。

 何やってんだ。

 危ないと言ったのは、お前だろ。

 僕は腕を掴もうとした。

 その時、平石が僕の服を引っ張った。

〈行こう〉

 険しい顔で手を動かす。

〈ここにいるのは危険だ〉

 確かにそうだ。

 立山の心配をしている場合ではない。

 僕たちまであの中に放り込まれたら、たまったものではない。

 僕と平石は立山を置いて通路を引き返した。

 角を曲がり、別の通路へ入る。

 しばらく進んだところで、後ろから誰かが走ってきた。

「おい! 待てよ!」

 立山だった。

 息を切らしながら追いついてくる。

「勝手に離れるなよ。俺についてくれば安全なんだから」

 僕はそれを平石に伝えた。

 平石は僕を見た。

 僕も平石を見た。

 どこが安全なんだ。

 しばらく歩いて、僕はさっきから気になっていたことを訊いた。

「そういえば、さっきアプリの話をしてましたよね」

「ああ」

「本当に売ってるんですか?」

 立山が振り返った。

「欲しいのか?」

「いや、値段を聞いてなかったので」

「三十万」

「三十万円?」

「安いもんだろ」

 何が。

「そのアプリ、結局何に使うんです?」

「こことか、他の施設に入るためだよ。アクセスコードが要るところが結構あるんだ」

「立山さんも、それを使ってここに?」

「まあな」

 立山は少し考えた。

「お前なら十五万でいいぞ」

 いきなり半額になった。

「十五万ですか」

「昔のよしみだ」

 会社にいた頃、そんなよしみがあった記憶はない。

「あいにく、持ち合わせがないので」

 僕が断ると、立山は鼻で笑った。

 こっちだって笑いたかった。

 世界が侵略されようとしている最中に、こいつはアプリを十五万円で売ろうとしている。

 平石に小さく手話した。

〈こいつもウイルスに感染してるんじゃないか?〉

 平石は立山をちらりと見て、苦笑した。

〈それなら昔から感染してたんだろ〉

 僕は吹き出しそうになった。

 その後、三人は長い通路を歩いた。

 いつの間にか、僕と平石は立山から少し距離を取るようになっていた。

 途中で、迷彩服姿の自衛官とすれ違った。

 立山は大げさに手を上げた。

「巡視中ですか。ご苦労さまです」

 自衛官は立山を見ることもなく、そのまま通り過ぎた。

 血色の悪い顔。

 落ちくぼんだ目。

 さっき見た連中と同じだった。

 僕と平石は黙ってその背中を見送った。

「あいつはザコキャラ」

 立山が言った。

「監視カメラを取り付けて歩かされてるだけさ」

 僕は立山の横顔を見た。

 こいつはいったい、どこまで知っているんだ。

つづく

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